ラスト・ジョーカー



 エルを肩から降ろしても、少年はエルの手首をがっちり握っていた。


振りほどこうと軽く引っ張ると、少しつり上がった目でエルを睨みつけて、手首を握る力を強くした。


そうしている間にも、トラックはウォルターの車からどんどん遠ざかっていく。



「どういうつもり? 戻って!」



 混乱から回復したエルは少年に怒鳴りつけた。



 だが、少年は眉一つ動かさずに、「うるさい黙れ」とだけ言った。



 エルはそれでも戻れ放せ帰せと訴え続けたが、そのうちウォルターの車が完全に見えなくなり、

戻る道もわからなくなってしまった頃には、むっつりと黙り込むしかなかった。



 噛みついて振り払って逃げられなくは、ない。


エルの身体能力ならそれができる。


疾走中のトラックから跳び降りたって、傷一つつかない自信がある。



 問題は、その先どう生き延びるか、だ。



 異形であるエルが一人でどこへ行こうと、食糧もなければ住むところもないし、仕事もない。

それどころか、今のエルは「野良」だ。


正規の主人のいる異形は、腕に銀の腕輪をつけている。

それが、異形の所有者が誰であるかを証明するのだ。


腕輪のない異形を「野良」と言うが、野良の異形が街をうろついたりすれば、どんな目に遭うかわからない。


異形商に狩られるならまだ上々、下手をすると、研究者に捕まえられて解剖される。


異形がこの世で、一人で生きていく術など、存在しない。



 だから、車がオフィス街を抜けて住宅街に入った頃、

少年が唐突に立ちあがって再びエルを担ぎあげようとしても、エルは従うしかないのだ。



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