ラスト・ジョーカー
遠い昔に愛していたひとの顔を、カンパニュラは心に浮かべた。
その面影は、もう遠くぼんやりと薄れてしまっている。
少女は悲しげにまつげを伏せて、大通りの真ん中で立ち止まった。
その黒曜の瞳が見ているのは、うっすらと霞のように見える大きな建物だ。
大昔の宮殿を模したような壮麗な白亜の館は、〈トランプ〉の局員でもどこにあるのか知る者は少ない、
〈トランプ〉ハート本部――つまり、日本の各エリアごとに設けられた支部を総括する、〈トランプ〉日本支部の中心。
「ハートのキング」こと、スメラギ・ローゼフィリアのいるところだ。
道行く人々に、それは見えていない。一般人には見えないように結界で隠されているのだ。
だが、超人的なPKを持つカンパニュラにはうっすらとだが見えていた。
そこにいる「ハートのキング」を、カンパニュラはよく知っている。
その燃えるような赤い瞳を冷たく凍てつかせてしまったのは自分だと、カンパニュラはもう何年も自分を責めてきたのだ。
「あなたはどんどんあの人に似てくるわね、スメラギ」
呟きは誰に聞かれることもなく、冬の空気に溶けて消える。
空を見上げると、エリアを覆う結界の向こうにちらちらと粉雪が降るのが見えた。
結界に阻まれて決して地上に届かないその白が、なぜだかひどく切なかった。