ラスト・ジョーカー
下げていた視線を、ゆっくりと上げる。それに伴って、赤が広がっていく。
「あ……」
目の前に移った景色を、エルは息をするのも忘れて、ただ呆然と見ていた。
落ちてきたゼンの重みに堪えきれなかった木の枝が幾本か無残に折れて、下草の上に転がっているあたり一面が、鮮やかな赤に染まっていた。
その、大量の血。明らかに失血致死量を超えている量、なのに。
そこにあるのは赤、だけ。
――ゼンの姿は、どこにもなかった。
ドクン、と、一度。心臓が大きく跳ねた。
(まさか)
〈トランプ〉がすでに見つけて病院に搬送したのだろうか。
いや、それならエルの鼻なり耳なりがなにかとらえたはずだ。
それとも、考えたくはないが野生動物の巣穴に持ち帰られたのだろうか。
でも、それにしては下草に引きずった跡がない。
それとも、――ああ。それとも。
(まさか、生きて……)
そんなわけはないと、胸の内の声が訴える。
あの出血で生きているわけがないだろう、と。
だがそんな冷静な思考も、すぐに身の内から湧き上がった衝動にかき消された。