ラスト・ジョーカー
エルを抱えた少年は、そのままトラックの荷台から飛び降りた。
エルは地面に転がされることを予想して、いつでも受け身が取れるように身構えた。
人間の身体能力でできることとできないことの区別くらい、世間を知らないエルでもできる。
だが予想に反して、少年はじつに軽やかに着地した。
そして、どこかを痛めたふうでもなく、そのまま走りだす。
少年は閑静な住宅街をしばらく走り続け、やがて小さな一軒家の前で立ち止まった。
「あなたの家?」
エルは尋ねたが、少年は答えずにズカズカと中へ入っていく。
そして内鍵を閉めると、やっとエルを降ろした。
それから開口一番に、「ちがう」と言った。
顔に疑問符を浮かべたエルに、少年は「おれの家じゃない」と仏頂面で付け加える。
エルはやっと納得した。
さっきの問いに対する答えだったのだ。
「なら、誰の?」
「さあね。このあいだ見つけたときには空家だった」
それは勝手に入ってはいけないのではなかろうか。
エルがそう思う間にも、少年は遠慮なく居間に上がり、床に落ちていたボトルの水を飲む。
それが終わるとまた玄関のほうへつかつかと歩いて行った。
また移動するのだろうかと思いながら、エルは黙ってついて行こうとした。
だが、少年はそれに気づくと、振り返って言った。
「おまえはここにいろ。すぐ戻る」
「えっ? ちょっと待ってよ!」