ラスト・ジョーカー



 そう言った彼の言葉の意味は。


彼が「殺さなきゃいけない」と言った人は。



「殺さなきゃいけないっていうのは、……自分の、ことだったの?」


 問いかけに応える声はない。それでもエルは重ねて尋ねた。



「ゼンは、死ぬために旅をしていたの? あたしをさらったのは、……いつかあたしに、ゼンを殺させるためだったの?」


 問いかけに応える声は、ない。

ゼンはただエルに背を向けて、森の木々の間から見える空を見上げた。



「来たな」



 呟く声につられてエルも空を見上げた。


緑の隙間に見える薄青に、なにか黒いものが二つ浮かんでいる。



「なに、……車?」



 どんどん近づいてくる真っ黒なそれは、まぎれもなく自動車だった。



 ぽかんと口を開けて、空飛ぶ車を見つめるエルに、ふいに背後から声がかかった。



「動かないで」



 驚いて振り返ろうとして、しかしエルは本能的に危険を感じて動きを止めた。



 首元に、ひやりと触れるなにかがある。

目だけを動かして視線を下げると、そこにはエルの首にナイフを当てる、男の手。



(背後を取られた……? なんの音も匂いもなかったのに)



 視線を巡らせてゼンを見ると、ゼンも同じような状況だ。


――だが、ゼンの背後にいる男は。



「ウォル、ター?」



 風が男の――ウォルター・アシュクロフトの赤い髪を揺らす。


彼はにっこりと笑ってエルを見た。



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