ラスト・ジョーカー
視線の先には、小屋の片隅の闇がある。
窓の光の届かないそこには、見世物小屋で現在最古参の異形が、不自由な体をでこぼこした地面に横たえている。
彼女は光に当たりすぎると干からびてしまうので、隅の暗がりに置かれているのだ。
彼女は檻の中でズルズルと体を引きずって、檻の片隅に置いてあった桶を手にとると、動かない下半身に中の水をぶちまけた。
「歌を、歌う、のは、楽しい?」
ローレライは途切れ途切れに言った。
もう声を出すのも辛いのだろう。
「そうね、楽しいわ」
それは半分嘘で、半分本当だった。
ローレライは本当はきかなくてもわかっている。
どこまでが嘘で、どこまでが本当なのか。
本音はどうなのか。
それがわかっているから、エルはあえてローレライが欲しがっているであろう答えを口にした。
ローレライはエルの言葉には応えずに、エルの檻になにかを投げてよこした。それはきれいに鉄の間を通り、檻の中に落ちた。
ネオンの光を反射して銀色に輝くそれは、赤子の手のひらほどの大きさの鱗だった。
「鱗が、抜け、はじめたの」
ローレライは言う。
このごろ、ローレライの声は日に日に低く、くぐもって聞こえるようになっていた。
まるで、あるべき場所に、還っていくように。
その声を、好きだと、エルは思った。