ラスト・ジョーカー
エルが怯えたのを察したのか、ゼンはにやりと笑って見せる。
「おまえ、幽霊とか怖いタイプなんだな」
「怖くない!」
「でもビビってた」
「ビビってないったら、もう!」エルは顔を真っ赤にしてゼンを睨みつけた。
「ゼン、面白がってるでしょ!」
しょうもない怪談話に怯えてしまったことが恥ずかしくて、エルは半ば八つ当たりのようにゼンに突っかかる。
すると、ゼンはエルの顔を指差して「顔、真っ赤」と言って笑う。
笑われているのは自分なのに、ゼンが笑っていることが嬉しくて自分も笑えてきてしまうのが、エルにはすこし悔しいのだけれど。
空の中でたった二人、手を繋いで海を渡る。
風が吹いてエルの赤い髪を舞いあげ、それがゼンの頬に直撃した。
たったそれだけのことが可笑しくて、二人して声を上げて笑った。
この時間がずっと続けばいい。そう、エルは思った。
けれどよく目を凝らせば、もう対岸が見えてきている。
夕焼けはもう空に溶けて消えていた。
夜色に染まった空の下、対岸に小さな人影が見えた。
「ゼン、あれ……」
エルはまっすぐ二人を見つめて立っている人影を指差した。
とたん、ゼンの顔が険しくなる。
「あれは、……あいつは、庄戸相楽(しょうど さがら)。〈トランプ〉のAだ。まさか迎えに来るとはな」
対岸から吹く風は冷たい。その風を背に受けながら、初老の男はピクリとも動かずに立っている。
二人はどちらともなく手を握る力を強くして、男の前に降り立った。