ラスト・ジョーカー
「名はエル。五年と二ヶ月前に記憶を失ってエリア〈ユウナギ〉をさまよっていたところを、見世物小屋の支配人に保護された。
歌が上手い。かなり珍種の異形で、混ざっているのは見たところライオン、狼、蛇。
かなり高い身体能力を持ち、生命力も強い。
浅い切り傷、擦り傷、打撲等は数秒で完治する。
人間なら重傷の怪我でも治るかどうかは不明。
人間で置き換えるなら十五歳の少女の見た目に近いが、保護当時と比べ身体の成長はほとんど見られないず、正確な年齢は不明。
……おれが知ってるのは、これだけだ」
それを聞いて、エルはほんの少しだけ落胆した。
ゼンなら、エルが知らないエルの過去も知っているかもしれないと思ったのだ。
だが、ゼンはエルの知っている以上のことは知らなかった。
なにか補足は?と、問いかけるゼンに、エルはほんのすこしの落胆をにじませてゆるゆると首を振る。
ゼンはしばらく黙って、買ってきたものを詰める作業をしていたが、ふいに、「なあ」とエルに呼びかけた。
「なに?」
「おまえ自身のことについて、わかったことがあったら言ってくれないか。過去や、体調の変化でも、なんでも。どんな些細なことでもいいから」
その声に、なにか切実なものがこもっていることに気がついて、エルは思わずゼンを見た。
ゼンの目はまっすぐにエルを見つめていた。
きれいな眼だと、エルは思った。
夏草の緑のようでもあり、大海の青のようでもある。蒼碧の瞳。