ラスト・ジョーカー



 返す言葉がなく、スメラギは黙り込んだ。


それに背を向けて、エルはたった一人でゼンの方へ歩き出した。



「おい、どうするつもり……」


「歌うわ」



 歩みを止めることなく、エルは言った。



「もう一度、歌う。秘術を使ってゼンを止める。……逃げたければ、逃げればいい」



 誰もが黙ってエルの背中を見つめた。


――だれも、その場を離れようとはしなかった。



(みんな、優しいね)



 苦笑して、エルは大きく息を吸う。


そして歌いだそうとした、そのとき。



「エルちゃんさん!」



 唐突に、アレンの声に呼び止められた。



「エルちゃんさんは、それでいいの!?」



「アレン……?」



「旦那を解放するために、旦那に恩を返すためにって、そこにエルちゃんさんの本音はあるの!? エルちゃんさんの本当の願いは何なんだよ……っ!」



 エルは振り向いて、アレンを見た。


そして泣きそうな顔のアレンに笑いかける。


アレンと同じように、泣きそうな顔で。



「『それでいい』もなにも、今はもう、こうするしかないじゃない……」



 最初から、それがゼンの願いだったのだ。


叶えるのが予定よりもすこし早くなっただけの話だ。



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