ラスト・ジョーカー
女のものとは思えない、低く低く轟く声。
海の底から響くような重い声。
けれども不思議と、若い女の声だと直感的にわかるような、その声を。
聞くことができる日が、あとどれくらいあるだろう。
「あげるわ。いちばんきれいに、抜けたやつ」
エルはなにも言わずに、鱗をそっと撫でた。
「もうすぐ、お祭りね」ローレライは言う。
「そうね」
「きっとわたし、その前に、死ぬわ」
「……そうなの」
「わたしが死んだら、レクイエムを、歌ってね」
エルはただ頷いた。
声を発するのが嫌だった。
自分の声が耳に残るのが嫌だった。
ローレライの声だけを耳に留めたかった。
ひょっとしたら、ローレライの声を聞くのは、これが最後かもしれないから。
だがそのとき、エルの望みを打ち砕くような大きな音が小屋に響いた。
誰かがドアを勢いよく開けた音だ。
音と同時に数人の客が、支配人と共になだれ込んできた。
彼らは檻の中のグロテスクな生き物には見向きもせず、まっすぐエルの元へ歩いてくる。
いつもそうだ。
見世物小屋へ来る客はほとんど皆、一等目立つエルとローレライ以外に興味を示さない。
それは、彼らが遊ぶために歓楽街に来るからだと、ローレライがそう言ったことがあった。
純粋に見世物を見にくるのではなく、ただなにかを見て、なにかをして、飲んで騒げたらそれでいいのだと。
だから彼らは、まず先に視界に入ったエルを見物し、ひとしきり騒いだら、小屋の隅のローレライを見てひとしきり騒ぎ、帰る。