ラスト・ジョーカー



「それは?」

 と、ゼンが尋ねる。


エルは鱗をゼンの目の前にかざして、「綺麗でしょ?」とはにかんだ。



「友達の、形見、みたいなものかな」


 彼女が亡くなったところを、見たわけではないけれど。



「きっとね、もう死んじゃったんだと思うの。

ローレライっていう、とっても綺麗な異形で、あたしよりもずっと長く、あの見世物小屋にいた。

すこし前にね、お祭りの前には死んじゃうだろうから、そのときにはレクイエムを歌ってねって、抜けた鱗をくれたの」



 するとゼンは、「ああ、あの人魚か」と呟いた。


「ゼン、ローレライを知っていたの!?」


 目を見開いて、エルは訊いた。

ゼンは当然のことのように頷く。



「実は、あの人魚が客に水をぶっかけたあの日、おれも客としてその場にいたんだ」



 エルは記憶を探ってみたが、ゼンのようなよれよれした服を着た者はいくらでもいたので、ゼンがいたかどうかは思い出せなかった。



「人魚が支配人に連れ出されたとき、気になってその後を追ったんだ。

人魚はどこか、物置みたいな汚い部屋に打ち捨てられた。

支配人は人魚を放置して、そのままどこかに行った。

今思えば、スメラギと話があったんだろうな」



「それで、ローレライはどうなったの?」



「支配人が去った後、見張りの警備員を気絶させて、彼女に話しかけた。

おまえをどこかへ逃がしてやれないこともないが、どうする、と。

……彼女は首を縦には振らなかった」



 なんとなく、そうだろうとは思っていた。

エルは黙って先を促す。



「おれに逃がしてもらわなくても、自分には歌の翼があるから、どこへだって行けると、言っていた」



 それを聞いて、心が、震えた。

エルは目を見開いた。




 歌の翼。


それは、エルがよく歌っていた歌だ。


遠い、何百年も昔の詩人の詩をもとに、エルが勝手に曲をつけて歌っていた。



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