ラスト・ジョーカー
ゼンは碧い眼をまっすぐエルに向けて言う。
「おれが聞いててやる」
トクン、と、心臓が一度大きく跳ねた。
胸の震える音に誘い出されるように、エルの喉から音色が流れ出す。
それはまるで、風に木の葉がそよぐように、水面に空の青が映るように、自然に。
歌のつばさのうえに乗り
いっしょに行こう恋びとよ
ガンジスの草原に
ふたりのいこう場所がある
歌を紡ぎながら、エルは亡き友のことを想う。
物静かで、無愛想な友達だったけれど、あの狭い檻の中での上手な呼吸の仕方を、エルに教えてくれた。
深海を映す瞳をもった、白銀の人魚姫。
その花園のしゅろの樹の
かげにふたりはよこたわり
恋のうまざけくみかわし
たのしい夢をみよう
(この歌は、レクイエムにはふさわしくはないかもしれないけれど、あなたはこの歌が好きだったから)
どうか、檻から放たれたあなたが今、たのしい夢を見られるようにと、歌う。
ふと、ローレライは恋をしたことがあっただろうか、と気になった。
見世物小屋の檻にとらわれる前、もしかしたらあったのかもしれない。
(だって、あんなに綺麗なんだもの)
だとすればきっとそれは、澄んだ水のように透明な恋だっただろう。
エルが歌い終えると、ゼンはぼそりと、「きれいな歌だな」と言った。
そっけない一言ではあったが、心が暖かさであふれるのを、エルはたしかに感じた。