ラスト・ジョーカー
「あいつに毒されたかな」
エルの顔を思い浮かべて、ゼンは苦笑した。
何でもすぐに訊きたがる異形の少女。
極端に世間知らずなように見えて、なぜだか誰も知らないような知識を持っている。
もう百年ほど前に滅びた、湿地に生息する小型のハエトリグサなど、いったいどこで知ったのだろうか。
砂漠の小川よりもそのことのほうが、ゼンにはよっぽど不思議だった。
不思議なことといえば、もう一つある。
(あいつ、そういえば逃げないな)
さらってきた当初は離せ帰せとうるさかったのに、いつからだろう、
最初にカンパニュラに出会ったときにはもうゼンに協調する姿勢を見せていた。
ゼンを信用してくれたのか、それとも諦めたのか。
あるいは、ゼンを油断させて逃げる機会をうかがっているのかもしれない。
(まあ、それならそれでかまわないが)
ゼンは水で満たされたボトルをタオルで拭きながら思う。
そう。それならそれでかまわない。
エルが逃げようとしているのなら、それでもいい。
たとえば今この瞬間にエルがゼンから預かった鞘を捨ててどこかへ走り去っているのなら、それでもかまわない。
ならばまた捕まえにいけばいい。ゼンはそう思っていた。