愛を知る小鳥
…まずい…
非常にまずい。
美羽は一人悶々としていた。
共に生活するようになってから数日、なんだかんだと完全に潤のペースにのせられている自分がいる。毎日一緒のベッドで眠りにつき、目が覚めたときには必ず彼の腕の中にいる。彼が抱きしめているのか、考えたくないけれど自分から近づいているのか…いずれにしても密着状態で朝を迎える。
彼は特段気にしたそぶりもないが、美羽にとってはとんでもないことなのだ。
でもあれから一度も夢を見ていないのも事実だ。眠りについて朝まで一度も目が覚めないことなどただの一度もなかったのに、彼と一緒になってからはそれがプツリと途絶えている。
彼の言うとおりだった。彼が傍にいるときは何故か心が落ち着いている。
それが意味することは…
じっくり自分の気持ちに向き合いたい。
でも今の状態ではそれは無理だ。どうしても状況に流されてしまう。一人で自分に向き合う必要がある。けれど現実問題それが困難な状況にあるのだ。どこでも彼と同じ空間で生活しなければならないのだから。
知らず知らずのうちに、はぁっと溜息をついた。
「…い、おい!」
「は、はいっ!!___ひっ?!」
目の前に迫る美しい顔のドアップに、思わず体を反らしながら椅子から立ち上がる。
「ひって…お前失礼な奴だな」
「すっ、すみません! あまりにも驚いてしまって…」
「お前が何度ノックしようとも名前を呼ぼうとも反応しないからだろ?」
「えっ…それは申し訳ありませんでした!」
仕事中に注意力散漫になるなどなんということだ。もう二度と失態をおかしてはならないとあれほど誓ったというのに。
「まぁいい。とにかくこの書類を今日中にまとめておいてくれ」
「かしこまりました」
「…俺のことで頭がいっぱいになるのもほどほどにしとけよ」
部屋から出て行く瞬間、振り向きざまに捨て台詞を残していく。
美羽は一瞬で真っ赤に染まり、その場に呆然と立ち尽くしていた。