愛を知る小鳥
「母親がいなくなってからというもの、父親はますます厳しくなり、やがてその家には新しい母親が来ました。父親はその母親に夢中で、そのうち弟が誕生しました。両親の愛情は全てその男の子に注ぎ込まれ、少年は小さいながらも孤独を感じていました」

聞きながら美羽の目が潤んでくる。

「それでも少年への厳しい躾は変わらないまま。ただひらすら医者になることを教え込まれました。年月と共に妹と弟も増えて、少年の孤独は増すばかり。やがて中学校を卒業する頃、少年は自分は何のために存在しているのだろうかとその存在意義がわからなくなってしまいました」

深夜の静寂に潤の言葉が溶けていく。

「このまま親のレールに乗って医者になることが自分の幸せなんだろうか? 子どもの心にすら寄り添えない父親に育てられた自分が医者になって何ができるのだろうか? 少年は苦悩します」

「専務…」

ちらりと腕の中にいる美羽を見るとフッと微笑む。

「やがて少年は決意しました。自分は自分で未来を切り拓くと。それからの少年は必死でした。自分が何をやりたいのか、何ができるのか、模索する日々が続きました。医者を継がないと聞いた父親は当然ながら激怒し、日々喧嘩が絶えませんでした。それでも少年は決して意思を曲げることはしません。結果少年は勘当されました。それでも少年に迷いは生まれませんでした」

美羽の瞳から一筋の涙がこぼれた。

「その後も色々あったけれど、自分でやれることを見つけた少年はやがて青年となり、それなりの地位を手にしていました。それでもどこか満たされない日々を送り続けていました。青年にはそれが何故なのか、ずっとわからずにいたのです。でも…」

そこまで言うと、潤は涙で濡れた美羽の頬に手を添えてそっとそれを拭った。そして瞳を覗き込むように顔を近づけると、静かに、けれども力強く言った。



「お前に出会って変わったんだ」


< 135 / 328 >

この作品をシェア

pagetop