愛を知る小鳥
「それでは今後とも宜しくお願いします」

エレベーターホールで二人を見送ると、潤と営業に続いて美羽も戻ろうと振り返った。だが数歩進んだところで突然ぐんっと腕を引っ張られる。

「痛っ…!」

いきなりのことで何が起こったかわからず、その手の主を見上げたところで動きが止まった。

「美羽ちゃん、なかなかゆっくり二人になる時間ができないから」

「その、ださん…?」

「ねぇ、今度ちゃんと時間を作ってくれないかな。何度かアパートに行ってるんだけどタイミングが悪いのかいつもいないみたいだからさ」

全身から嫌な汗が噴き出てくる。この人は一体何を言ってるの?
あれから何度もアパートに来たってことは…考えてゾクリと震える。潤の言っていたとおりだった。一時的に逃げたところでこの人から逃げることはできないのだと。

「ねぇ、頼むからさ」

「は、はなしてくださ…」

「うちの香月が何か失礼でも?」

ふいに後ろから聞こえてきた声に美羽の全身から力が抜けていく。

「藤枝専務…いえ、『昔のよしみ』でちょっと世間話をしてただけです。ね、美羽ちゃん?」

含み笑いを見せる園田があまりにも不気味で声も出ない。

「そうですか。申し訳ありませんが香月はこの後急ぎの仕事がありますので。これで失礼させていただきます」

そう言ってエスコートするように美羽の体を前に促した。しかしそれにも構わずそんな美羽の前に立ちはだかると、園田は持っていた物を無理矢理美羽の手のひらに押し込めた。

「連絡待ってるから。…じゃあ『また』、ね?」

悪魔の囁きを残して去って行く男の気配を、美羽はただ震える背中で感じていた。


「香月、ちょっと専務室に来い」
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