愛を知る小鳥
____全身がぞわりとする。
その声の主が誰だか見なくてもわかる。
早く逃げなければと頭が危険信号を鳴らしているのに、体は硬直して動かない。
やがて美羽の視界の端に人影が映った。

「やっと会えたよ。どうして連絡くれなかったの? 待ってたのに」

「どうして、ここに…」

「もちろん美羽ちゃんを待ってたんだよ。アパートじゃなかなか会えないからここなら会えるかと思って」

「…すみません、急いでるのでこれでしつれいしま…」

そのままタクシーに乗り込もうとした腕を掴まれる。瞬間、美羽の体が激しく跳ねた。

「待ってよ。せっかく待ってたのに。ちょっと時間作って欲しいんだ」

ガクガク震えながらそれでも何とか声を絞り出して手を振り払おうともがく。

「離してください…! 本当に急いでるんです!」

「…俺がこんなに時間作ってるのにどういうつもりだよ」

突然トーンを変えたその声色に、スーッと血の気が引いていく。美羽の脳裏にフラッシュバックする光景で震えはますますひどくなり、足は完全に凍り付いてしまった。

「まぁいいから。とにかくちょっと付き合ってよ」

そう言って怯える美羽をそのまま強引に連れ出そうとする。
このままではいけない。早く逃げなければ。
頭ではわかっているのに、思うように体が動かない。


「美羽ちゃんっ!!」


その時エントランスからあかねが慌てて駆け寄ってきた。

「あかねさ…」

「ごめんね、遅くなって。ごめんなさい、彼女、今日は私と予定があるんです」

あかねは園田に向き直るとニコリと微笑んだ。園田は小さくチッと舌打ちすると、やむなく手を離した。そうして不敵な笑みを美羽に向ける。

「じゃあまたね、美羽ちゃん」

そう言うと手のひらをひらひらさせながらその場を去って行った。すぐにあかねが震える美羽を引き寄せると、そのままタクシーへと乗り込んだ。
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