愛を知る小鳥
「野中さん、お話とは一体何でしょうか」

美羽が気になって仕方がない潤は移動しながら何度も尋ねるが、野中は黙って先を歩くばかり。やがて会場から出た人気の少ない廊下で立ち止まる。ゆっくり振り返ると、彼は予想外のことを口にし始めた。

「無理を言って時間を作ってもらってすみませんね。…実は、藤枝専務に是非会っていただきたい女性がいるんです」

「…は?」

「いや、私の姪っ子なんですがね。あなたのことをいたく気に入ったようで…宜しければこの後少し時間を作っていただけませんか? 今日この会場に連れて来て…」

「申し訳ありませんがお断りします」

「えっ」

最後まで言い切る前にきっぱりと否定の言葉を口にする潤に、意表を突かれた野中は驚きで次の言葉が出てこない。

「私には将来を約束した大切な女性がいます。ですから野中さんのお話にお答えすることはできません」

「あ、そうなんですか…いやでも、少しでもいいので会ってやってもらえませんか? せっかくこの場に来てるんです。記念に会うだけでも」

「いえ。変に期待をもたせるようなことをするつもりもありません」

「……」

「お話とはそれだけでしょうか? でしたら私はこれで失礼します」

そう言って踵を返し会場へ戻ろうとするのを野中は慌てて引き留める。潤は苛立ちを隠せずに眉間に皺を寄せながら仕方なく振り返った。

「…まだ何か?」

「あ、いや、…少しでいいので何とかお願いできないですか?」

「お断りします」

「しかし…」

あまりにもしつこく食い下がる野中に何か違和感を覚える。
彼はこんな人間だっただろうか? 自分が知る彼はもっと理知的でこんな行動をするような人ではなかった。


____何か嫌な予感がする。


それは直感だった。潤は野中の引き留めも無視して急いで会場へと駆けだした。
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