愛を知る小鳥
「この度藤枝の秘書を務めさせていただくことになりました香月と申します」

明らかな敵意に気づかないふりをして冷静に頭を下げた美羽を一瞥すると、薫は明らかに見下したような顔に変わり吐き捨てるように言った。

「あなたが秘書ですって? そのみすぼらしい格好で? あり得ないでしょう! 彼の隣に並んで仕事することがどういうことかわかってるの? 彼と仕事をしたいって思う女は後を絶たないっていうのに、なんであんたみたいなみすぼらしい女が…!」

何も答えず黙って言われるままなのをいいことに薫の口撃は止まらない。
蔑んだ目で笑うとさらに続けた。

「一体どうやって取り入ったっていうの? …あぁ、わかったわ。敢えてそういうみすぼらしい演出をすることで自分を意識してもらおうってそういう魂胆なわけね。随分したたかな女だこと」

薫が一通り言いたいことを吐き出したタイミングを見計らったかのように、美羽は落ち着いた様子で口を開いた。

「私のことはどのようにおっしゃっていただいても構いません。ですが専務の下で働くことには私なりに誇りをもっているつもりです。私の務めは専務の業務が滞りなく行われるようにお支えすること。それ以上もそれ以下もございません」

真っ直ぐな眼差しで薫を射貫くと、薫は一瞬たじろいだ。

「…っ、口では何とでも言えるわよ。どうせあんただって潤の肩書きに取り入ろうとしてるに決まってるわ!」

「…専務をお待たせしておりますのでこれで失礼します」

何を言っても相手を逆上させるばかりで無駄だと判断した美羽は、それ以上余計なことは言わずにその場を後にした。その冷静な態度が余計癪に障った薫は階段を降りる美羽に追い越し様にぶつかった。

「きゃっ?!」

ドンッ!! ズザザザッ!

何の構えもしていなかった美羽の身体は階段の中腹から下まで勢いよく落下していく。咄嗟に手を出したことで頭から落下することは免れたが、手足や腰を強打してしまった。

「あまり調子にのらないことね」

振り向きざまにそう吐き捨てると薫は嘲笑を浮かべながらその場を去っていった。
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