愛を知る小鳥
「あぁ、気持ちいい~」

足を伸ばしても余裕のある浴槽に浸かりながら美羽はほっと息を吐いた。あれから浴室へ来てみると、既に浴槽にたっぷりのお湯が張ってあった。ゆっくり入って来いとはこのことを意味していたのだろう。自分のためにわざわざ準備してくれたに違いない。何から何まで気をかけてもらって…
ザブンとお湯の中へ顔を突っ込むと、勝手に目頭が熱くなってくる。

(こんな人の善意に私は慣れていないの。これ以上甘やかさないで…)



ゆっくり体を癒やすと、脱衣所に出て準備してもらった服に手を伸ばした。

「…でっか!」

広げて思わずそんな言葉が出てしまう。グレーのシャツに黒のズボンは当然のことながらメンズのため美羽にとってはぶかぶかだ。袖口からはやっと指先が出るくらい、足元は何度か折り返さないと引き摺ってしまうほど長かった。

「お殿様じゃないんだから…」

鏡に映る自分を見ながら苦笑いするしかない。
そういえば彼は昨日の出来事について一度たりとも触れてこない。突然の事態にきっと一番驚いたのは彼だったに違いない。暗闇の中で私を落ち着かせ、それから家まで連れて来て、さらにはそれ以上のこともしてくれている。
何故私があんなことになってしまったのか、気にならないはずがない。もしかしたら勘の鋭い彼のことだから、今までのことを含めて何かしら気づいたことがあるかもしれない。それでも彼は何も聞こうとはしない。それは自分のことを思ってくれてのことだろう。

「専務…」

何から何まで優しくしてくれる彼の心遣いに、美羽の胸は締め付けられた。
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