愛を知る小鳥
あらかた食事を終えた頃、それまで楽しそうにしていた美羽の表情が急に変わり、何故かテーブルに箸を置いた。

「…どうした?」

不思議に思った潤は美羽の顔を覗き込むように尋ねたが、しばらくそれには答えず俯いて、そうして意を決したように潤を見据えると、神妙な面持ちで話し始めた。

「…あの、夕べのことなんですけど…」

潤はそれだけで彼女が何を言わんとしているのか全てわかってしまった。真面目過ぎる彼女だ。自分が何も聞かないことを気にかけていたのだろう。話し始めたはいいが、少しずつまた俯きがちになる美羽に優しく言った。

「何も話す必要はないよ」

「…えっ?」

美羽が弾かれたように顔を上げる。

「お前のことだ。俺に迷惑をかけてしまって申し訳ない、どうしてあんなことになってしまったのかきちんと説明しなければ、そういうことを考えてたんだろう?」

図星だったのだろう。美羽は驚きで目を見開く。

「でも何も話す必要なんてないんだ。誰にだって人に言いたくないことの一つや二つはある。俺はそれを聞き出すつもりはないし、お前も俺に話さないことを気に病む必要もない。…ただ、いつかもしお前が俺に話したい、聞いて欲しいと自分から思うときが来るのなら…その時は俺は全てを受け止めるよ。だから今は何も話す必要なんてないんだ」

「専務…」

その時、美羽の瞳からぽろりと一粒の涙が零れ落ちた。それが握りしめた手の上に落ちると、堰を切ったように次から次に溢れ出す。顔を隠すように下を向いたが涙を止めることはできず、声を殺して肩を震わせながら美羽は泣き続けた。潤は席を立つと美羽の目の前までやって来て、小刻みに震える美羽の体を引き寄せた。

「大丈夫だよ。何も心配することなんかないんだ」

頭を撫でながらそう言うと、美羽は声を上げて泣いた。誰かの前で泣くことも、声を上げて泣くことも初めてかも知れない。それでももう止まらない。美羽はやがて目の前にある潤の服を掴むと、感情に逆らわずに泣き続けた。
潤はそんな彼女を抱きしめ続けた。
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