愛を知る小鳥
あれからなんだかんだと時間は過ぎ、結局アパートへ帰って来たのは昼過ぎだった。
車に詳しくない美羽にはわからないが、国産車だがとても高級そうなシルバーメタリックのその車は、無駄な音も揺れもなく乗り心地も極上だった。車内では特に会話はなくほとんど無言で静かな空間だったが、それが気まずいと思うこともなかった。以前も同じようなことがあったが、あの時も不思議と居心地がよかったことを美羽は思い出していた。

ふと運転している潤の姿を横目で見る。ずっと自分のことでいっぱいいっぱいだったため今の今まで気付かなかったが、こうやって見る彼はいつもとは随分印象が違って見えた。いつもはスーツでスタイリッシュにまとめているが、今はカジュアルな黒いシャツに控えめなチェック柄の紺のスラックス姿だ。仕事の時は固めている髪も今は無造作に下ろしているだけ。もともと見た目は極上にいい部類の人だったが、今見ている彼は若い好青年という雰囲気だ。彼のファンがこの姿を見たら泣いて喜ぶんじゃないだろうかと漠然と思った。


「…き、香月!」

「はっ、はいっ?!」

ぼんやりし過ぎていたあまり声をかけられていることに全く気付かず、飛び跳ねる様に顔を上げた。

「ふっ、なにやってんだよ。お前の家に着いたぞ」

「えっ? …あっ! ありがとうございます」

慌ててシートベルトをはずして車の外へと降りると、あらためてお礼をしようと振り返った。すると同じように運転席から降りてくる潤の姿が見えた。

「あ、あの、専務…?」

「階段の下まで送る」

目と鼻の先なのに何故? と思ったが、もう降りてきているのに断るのも申し訳ないと思い、二人並んでアパートの入り口へと歩いて行った。
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