だから私は雨の日が好き。【春の章】※加筆修正版
「見たかったな」
そう言った私の言葉に、湊は嬉しそうに笑っていた。
湊の好きな雨は降らないし、一緒に見たかった紅雨も降りそうもない。
それなのに、湊は本当に嬉しいというように顔をほころばせた。
「どうしてそんなに嬉しそうなの?」
「時雨が『見たかった』って言ったから。時雨も雨が来るのをわかるようになったんだと思ったら、とても嬉しくなったんだ」
そっと問いかけると、湊はゆっくりと言った。
そういえば、私はいつの間にか雨の気配を感じられるようになっていた。
それは、湊が感じる気配を少しでもわかりたい、という想いからそうなったのかもしれない。
「湊も今日は雨が来ないと思ってるの?」
「きっと、朝には小さく降ると思うよ。その時には、紅雨が見られるかもしれない」
少し考えてから、ゆっくり首を横に振って答えてくれた。
湊が言うなら、そうに決まっている。
「一緒には見られないかもしれない。それでも、見せてあげたい、と。同じ事を想うことができれば、一緒にいるのと変わらないだろう」
同じ気持ちを共有できれば、一緒にいるのと変わらない、と湊は言った。
今も。
同じ気持ちで、いてくれるのだろうか。
次の日、少し早く家を出て学校へ行く前に桜を見に行った。
静かな雨に桜が儚げに揺れていた。
桜の花を打つ雨は、桜の色が移ったかのようにほんのりとした薄紅色になっていた。
湊にも見せたかった。
でも、きっと湊が見ても同じ気持ちでいてくれると想う。
自分の傘に一人で入っているので、いつものように肩が濡れる事がない。
けれど、片方の肩が濡れてもいいから一緒にいたかった。
小さな傘の世界の中から、一緒に紅雨を見たかった。
一人で見る雨は、非道く切なく想えた。