だから私は雨の日が好き。【春の章】※加筆修正版
ミーティングルームを抜けると、オフィスの方から櫻井さんが歩いてきた。
楽しそうに笑いながら、ぶらぶらと歩いて来る姿を見て、呆れたような笑いが漏れた。
「何かありました?」
「いや、しぐれに見て欲しいものがあってさ」
どうせロクなものじゃない癖に、と思いながらも口にはしない。
こんな風に騒がしい人だけれど、尊敬する上司であることに変わりはないはずだから。
オフィスに戻ると、櫻井さんが私のパソコンの前に腰掛けた。
慣れた手つきでパスワードを入力するこの人を見て、ロックする意味を見失いそうになった。
櫻井さんが私のパソコンをいじっている。
真剣な横顔なので、そっと声をかける。
仕事をするなら自分の机ですればいいのに。
「あー、コレ。しぐれにそっくりだったから、早く見せたくて。」
まただ。
意地悪く笑うこの『ニヤリ笑い』。
黙っていれば尾上部長に負けないくらい整った顔をしているのだから、やめればいいのに。
色素の薄い、長い睫の瞳。
さらさらの栗色の髪。
汗こそ光るものの、脂なんてほとんど浮かない綺麗な肌。
本当にもうすぐ三十ニになるのだろうか、この人は。
見とれそうになった自分を制して、パソコンに目を移す。
もう少し横顔を見ていたいな、と想ったことはそっと隠すように。