だから私は雨の日が好き。【春の章】※加筆修正版
ガラス張りの部屋の中は少し暗くなっていた。
さっきまでは明るく日差しが差し込んでいた場所なのに。
少し灰色を帯びた雫が滴っていく。
窓に当たって透明になって弾ける。
ひとつ、ふたつ。
ぶつかっては色を変えていく。
翠雨。
スイウ。
青葉に降りかかる雨。
この緑が芽吹く季節に、
小さな青葉をぬらす雨。
『綺麗な名前だけじゃないけどね。それでも、心に残る名前なんだ。ずっと憶えていられるような』
私を揺らす声がする。
いくつも想い出す、雨の名前。
たくさん、たくさん。
私の中に残っていった名前達。
ほんとね。
ずっと憶えていられる名前だわ。
もう二度と。
忘れることなどない名前達。
揺れながら、しなやかで。
移ろいやすく、儚いものの名を。
低く響く声は、いつまでもこうして留まっている。
「陽の光がすき」
小さく呟く。
手帳を手に取り、もと来た通路をオフィスに向かって真っ直ぐ戻る。
右手に持ったココアから甘い安らぎの香りがした。