だから私は雨の日が好き。【春の章】※加筆修正版
無垢...ムク
タバコを吸う気配。
外を見たままの櫻井さんは、私の方を見ずに黙ったままだ。
いつもなら五月蝿いくらいに話をする人なのに。
急に黙ってしまったので、私もどうしていいかわからないでいた。
櫻井さんのタバコの煙を目で追いながら、私も窓の外を見つめる。
歩道には少し雲の影が映っている。
さっきまであんなに天気がよかったのに。
太陽が蔭った気がした。
歩道の横の樹は緑がしっかり芽吹いている。
「で、何事?」
タバコを消しながら、さりげなく問いかけられた櫻井さんの言葉に振り向いた。
まったく。
そんなタイミングで質問をしてくるなんて、卑怯だ。
触れないでいるなら、ずっとそうしてくれていればいいのに、と思う。
聞かれたからには『なんでもないです』では済まないことも、分かっている。
答えなくていいよ、というタイミングのくせに。
答えないわけないよな、という意味を含めて発せられた言葉だった。
それは、仕事の時とおなじ『上司』の声で。
その声は私にとって『絶対命令』と同じ力を発揮することも、目の前の男の人は知っているのだ。
櫻井さんは中途半端な答えを許してくれる人でないことを、身近にいる私が一番知っている。
だからこそ、この質問は『きちんと』答えなくてはいけないのだ。