だから私は雨の日が好き。【春の章】※加筆修正版
目の前の森川が不意に私の方へ顔を上げた。
何か言いたげだったので、カップを片付けに行くついでに森川のカップも受け取りに行く。
「何か手伝う?」
資料のすぐ傍にあった、空になったマグカップを持ち上げて森川に聞く。
パソコンから目を離して私の方に向き直ってくれる。
大きな黒目がちの目は、少し疲れたのかいつもより二重が深くなっている。
「データはまとまったから大丈夫だ。今日中にプレゼン用にまとめて、明日の朝プリントアウトすれば十分に間に合う」
プレゼン用にって・・・それが一番労力を使う部分だと思うんだけど。
簡単に言ってしまう森川を見て、心配になってしまう。
別に今日ご飯を食べに行かないといけないわけではないし、日にちをずらしたって問題はないはずだ。
机の上を見つめている私を見て、森川は少し笑っていた。
パソコン画面に向き直りカタカタと文字を打ち始める。
もうすでに仕事モードになったのか、と思って給湯室に向かおうとすると軽く腕を引かれた。
強く引かれたわけではないけれど、掴んだ森川の手はしっかりと私の手首を包んでいた。
『プレゼン資料を作るのは得意だ。大人しく八時になったら待ってろ』
みんながいる前では本当に口数が少ない。
あまり声に出して言うことではないと、わきまえてくれているようで有り難かった。