だから私は雨の日が好き。【春の章】※加筆修正版
「しぐれっ!」
櫻井さんに背を向け歩き出した私の後ろから、大きな声が聞こえてきた。
距離だってそんなに離れていないのに、そんな大きな声で。
振り返って不服そうな顔をしてみせると、またいつもの笑い方で笑っている。
意地の悪い笑顔で、それでも様になるその人は、とても大人の男の人の顔をしていた。
「森川に口説かれるなよ。お前は『俺の』アシスタントだからな」
表情を崩さず言い放つ櫻井さんに、呆れてしまって何も言えない。
そんな事を伝えるために、そんな大声で私を呼んだのか、と思って。
この人は、どこまでいっても私をからかうのが楽しいのだろうか?
反応してしまう自分にも嫌気が差すけれど、思わずモノを言ってしまう自分を変えるのはとても難しい。
ポカンと口を開けたままの私は、一度グッと唇を噛み締めた。
「森川に口説かれようと、そうでなかろうと。櫻井さんには関係ないですから!では、お先にっ!」
ぷりぷりとしたまま、櫻井さんに向かって挨拶をして踵を返す。
今日は程よくお酒が進みそうだ。
言葉だけを聞けば、告白のように聞こえるけれど。
あの意地の悪い笑顔は、完全に『ひやかし』だ。
同期で仲が良くて、何が悪い!!
第一、森川が私のことを口説くなんて有り得ないのに。
森川は、ずっとずっと好きな人がいる。
その人は、森川の『元カノ』なのだから。