だから私は雨の日が好き。【春の章】※加筆修正版
視線...シセン
「ごちそうさまでした」
「どういたしまして」
雨は静かに降っていた。
さすがにこの雨じゃ、傘がないとかなり濡れてしまうだろうな、と思った。
「お前、先にタクシーに乗れ。俺はその後に乗るから」
そう言われてタクシーを止めに森川は行ってしまった。
私はまだ終電もあるし、普通に帰ろうと思っていたのに。
むしろ、これから仕事をすることを考えれば森川が先に帰るべきだと思う。
小さな折り畳み傘を取り出して森川の背中を追いかけた。
少し歩いた大きな通りで、森川はタクシーを止めていた。
その大きな背中に向かって傘を差してあげた。
「森川、乗りなさい。私は終電あるから、それで帰る」
「お前が先に乗れ」
「たまには年上の言うこと聞きなさい」
一瞬で顔をしかめ、森川は心底嫌そうな顔をした。
けれど、年齢を引き合いに出されて何を言っていいかわからなくなっているみたいだ。
そういうところが本当に真面目だと思う。
「プレゼンもあるんだから、早く帰って終わらせないとね」
にっこり笑って森川をタクシーに押し込む。
諦めたようにタクシーに乗った森川はじっとこちらを見ていた。
何か言いたげだったので、首を少し傾げて問いかけると、ぐっと手首を掴まれた。
お酒が入って体温の上がった骨ばった手。
少しだけ触れる時計の金属バンドが冷たくて、現実味がさらに増す。
黒目の大きな目が私を捉えて離さない。