だから私は雨の日が好き。【春の章】※加筆修正版
言葉を扱う勉強をしている、と。
やっと理解できるようになったのに、この人はもっともっと言葉を覚えていくのね。
大切な意味と、大切な使い方を知るために。
そして、私は一生。
追いつくことが出来ないのだ、と知った。
それは悲しいことであり、なんだかとても嬉しいことのような気もしていた。
「甘雨。甘い雨と書いて、カンウ。大地を甘やかすために、生まれてきた雨なんだ」
くすり、と笑う。
甘やかす、なんて。
本当にこの人らしい。
「時雨は僕に甘雨をくれないの?」
めったにこんなことを言わない人。
弱い自分を私に見せることなど、本当にしない人。
そんな姿を見て、思わず口から言葉が出てしまう。
「湊(ミナト)の背中が、すぐ近くにあるわ。私の一番大切な貴方が、とても傍にいる」
「時雨・・・」
「ずっとずっと。此処にいて。私は絶対に、離れたりしないから」
嬉しそうに私の方へ顔を寄せる。
おでこを軽く寄せ合って、湊が口を開く。
「時雨がどこにいてもわかるようになりたい。雨の気配を感じるように、時雨の気配を探したい」
低く、よく通る声。
その声は、耳から聴こえてくるのではなく胸の中にそのまま響くようだ。
優しく甘く。
いつもとは明らかに違う声。
『いとしい』。
どこまでも甘い雨の世界。
降り止むことなどない世界。
大粒の雨が降り続ける中、お互いの肩が濡れるのも厭わずに雨の中で立っていた。