だから私は雨の日が好き。【春の章】※加筆修正版
「仕事には影響させない。しぐれにも負担をかけたりしない」
「じゃあ、少しでも休んでください。一時間半できっちり起こしにきますから」
何とか口を開き、言葉を発する。
そして、もう一度ストールを差し出す。
ぐっと伸ばした手。
それは、櫻井さんに触れるか触れないかのところまで届いてしまった。
目線を外さないまま、櫻井さんはストールを手に取った。
そのまま踵を返して並んでいるテーブルの方へ歩く櫻井さん。
線の細い、その大きな背中を。
身じろぎもせずに見つめてしまった。
――――――見慣れた背中に、良く似てる――――――
机に突っ伏した櫻井さんを見て、少しほっとした。
ちゃんと休めるように、櫻井さんの机の上の書類を少しずつ確認しておこう、と思う。
窓から眩しく差し込む日差しは、少しでも眠りたい櫻井さんにとっては辛いはずだ。
ブラインドを閉めて光を遮る。
さっきまでの明るさは、シャッという音とともに一瞬で消えてしまった。
「すっきりした顔になったな」
「え?」
「今度は俺との飲みにも付き合え。水鳥嬢と部長のコンビは辛すぎる」
机の上で櫻井さんが少し顔を上げてそう言った。
薄暗くなった部屋の中でよく響く声だ、とぼんやり考えていた。
それと同時に、可笑しくなって吹き出してしまった。
私だって、そのコンビは勘弁願いたいものだ。
あの二人と飲みに行くということは、酒豪二人の酒のつまみになれ、ってことだから。
意地悪く笑う水鳥さんとそれを楽しそうに見ている部長が目の前に並ぶのだ。
「確かにあのコンビは辛すぎですね。でも、体調管理はしっかりしてくださいよ!これから一番忙しくなってくるんですから!」
櫻井さんはわかった、というように手を上げて机に頭を下ろした。
すでに眠気に襲われている上司に気を使いながら、そっとミーティングルームから抜け出した。
この時の強い口調を後から物凄く後悔することになるなんて、思いもせずに。