だから私は雨の日が好き。【春の章】※加筆修正版
「エスケープ、何時まで?」
社長用のコーヒーカップを棚から取り出しながら、杉本さんは私に問いかけた。
「十時半までです。その後は作業分担の打ち合わせをします」
部署のみんなのコーヒーが出来上がったので、杉本さんが使えるように少し場所を空ける。
そろそろオフィスに戻らなくてはいけない。
「少し話あるから、私が起こしに行ってもいいかしら?すぐに済むから」
「では、お願いしてもいいですか?私はオフィスで仕事をしていますので、終わったら内線を入れて頂けると助かります」
同意を求める、というよりは、もう決めたことのように彼女は言った。
ここで断ることは得策ではない気がしたので、彼女の思う通りにしてもらおうと思った。
コーヒーカップの乗ったお盆を持ち上げて、そう告げる。
そして、すぐに給湯室を後にした。
小さく『お疲れ様です』と挨拶をしてその狭い空間を乗り切った。
コーヒーを乗せたお盆を運びながら、少し考えていた。
情熱的に一人の人を想う彼女は、きっと櫻井さんの一言に一喜一憂しているのだろう。
そして、私という存在が彼女を不安にさせることも多くあるのだろう。
恋愛感情の有無に関わらず、自分の気になる人の周りに異性がいることは不安以外のなにものでもないはずだ。
そういう感情を、私は良く知っている。