だから私は雨の日が好き。【春の章】※加筆修正版
「・・・どこへ?」
桜を見に行こうと言った湊に小さく問いかける。
満足そうに私を瞳に映し、少しだけ笑う。
「どこでもいい。桜のあるところなら、どこでも」
「どこでも?」
「そう、どこでも。近くの公園にでも行こうか。きっと綺麗な桜が見られる」
なんてこの人らしい言い方。
特別な場所を決めなくても、身近なところに綺麗な物があることを知っている。
日常の些細なことが、色鮮やかであることを教えてくれるのだ。
「いつ?」
私は必ず『いつ』を聞いてしまう。
約束がないまま待ち続けることは、私にとってとても辛いことだから。
だって、約束がないままでは、私はいつまでも待ち続けてしまう。
「今から、行こうか」
湊はさらりとそう言った。
私は思わずぽかんとしてしまう。
なぜなら、湊がそんなことを言った時、時刻は夜中の二時を回っていたからだ。
「・・・今から?」
「今から」
その日は平日で、私は学校が、湊は仕事があるのに。
心配そうに尋ねると、湊は優しく笑った。
狡い顔。
そんな顔をされたら、私が反論できなくなるのを知っているくせに。
でも、その顔を向けてもらえる喜びまで、湊は与えてくれる。
悔しさと心が満たされる満足感で、やっぱり何も言えなくなってしまう。
けれど、それが嬉しい。