翼~開け放たれたドア~
ふと、

──ジャリ…

地面が擦れる音が聞こえて、私は後ろを振り向こうとした。

だけど、

「春輝!」

そんな、透き通るような声と共に、私を包み込む体温。

そこまでは覚えてる。

大好きなお母さんの優しい香りがしたのも。

だけど、そこからは記憶がないんだ。

気がついたら、あの部屋にいたんだ。





お父さんがどうなったのかも、お母さんがどこにいったのかも、私は知らない。

あのとき、何が起こったのかさえ、私は知らないんだ。

だけど、お母さんを呼んでも、お父さんを呼んでも、あの部屋に2人がくることはなくて…。

駆け落ちだったからか、あまり他のところとは関わろうとしなかった家族だった。

そのため、私は2人としかいたことがなかったから…。

寂しくて、寂しくて。

いつしか、来ない2人を思うくらいならと、少しずつ、少しずつ…、忘れていったんだと思う。

“寂しい”という感情と共に。

私は捨てたんだ。

大切な思い出を。
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