翼~開け放たれたドア~
ううん。

暗に言った……つもりだったけど。

だけど…私の裏の言葉に気づいたのかもしれない。

お母さんは、空に向けていたその目を私にパッと向けた。

その瞳は揺れていて真っ赤だったけど、確かに驚きの色があった。

静かな空間のなかで、風に揺られる草の音だけが聞こえてくる…。

私とお母さんの髪が風に靡かれて、宙を泳いだ。

お母さんは私のことを凝視したあと、不意に、ふっと頬をゆるめると──

「──ええ。いってらっしゃい。春輝」

そう、私に答えてくれた──




私はお母さんに向かって微笑んだあと、視線をはずして空を見上げた。

青い、青い空。

私はそっと目を瞑って……そしてゆっくり開けたあと、背中に意識を集中させて、翼をはためかせた。

バサリという音がして、私の身体が宙に浮いた。

そのまま空へと飛び立つと、太陽ではないけれど、確かにある光へ向かって進む。

飛ぶっていう感覚はこんな感じなんだ。

まるで、この空をこの手で掴んだみたいな…、そんな何とも言えない不思議な感覚。

空を切る音と、翼の音があったから気のせいかもしれないけど

「──愛してるわ。春輝……」

そんな、お母さんの小さな声が、聞こえた気がした。

……だけどもう、私は振り返らなかった。

「……わ、たしも……愛してるよ……」

この頬に伝う温かいものを見せるべきではないと、私が一番よく分かっていたから……。






“ 5年後かもしれないし、10年後かもしれないし…”

──もしくは、明日か。

“会おうと思えば、いつだって会えるわ。
私たちは、いつも同じ場所にいる。
同じ空の下にいるんだから…”

だから、私はもう……振り返らないよ──
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