明日、嫁に行きます!
「お祖母さん。こちらにいらしたんですか。心配しましたよ」
聞こえてきた甘いテノールの声に、私は振り向き、あっと声を上げた。
この男の人! シルバーフレームの眼鏡を掛けた男前。
女性達にガッチリとガードされてた眼鏡紳士だった。
「……こちらのお嬢さんは?」
不審者でも見るような眼差しで、居丈高に私を見下ろす彼の姿にカチンときた。
こんな横柄な態度をとる男が、おっとりと優しげな笑みを浮かべるこのお婆さんの孫なのかとがっかりする。と同時に、彼の無礼な態度に、生来の気の強さに火が付いてしまい、にっこりと微笑みながら目の前の男を睨んだ。
そうしたら、感情が全く見えない眼鏡紳士の表情がほんのわずかに崩れ、そして、次の瞬間キョトンと目を丸くした。
その変化に少しだけ気が晴れる。私は外見の美しさなんかに惑わされはしない。他の女達のように、睨まれたくらいでビビったりなどしないのだ。
無表情を崩してやったと勝ち誇る私に、眼鏡紳士は小さく失笑した。
ムッと眉間に皺が寄る。バカにされたみたいで腹が立つ。
さらに双眸を鋭くした私は、「やんのかコラ」とばかりに満面の笑みで威嚇する。どこか面白そうに目を細めた彼も、片微笑みながら視線だけで私に無言の威圧をかけてきて。
私と眼鏡紳士の笑顔の応酬に、お婆さんはコホンとひとつ咳払いをして話を続けた。
「私が転びそうになっていたところを助けていただいたの。ここにはたくさん人がいるけれど、こんなお婆さんなんて、誰も気にとめてはくれなかったのにね。疲れていた私を察して、こうして椅子にまで座らせてくれて。本当に優しいお嬢さん」
あら、そういえばお名前を聞いていなかったわね。
そうお婆さんが言うので、
「斉藤寧音《さいとうねね》と言います」
いけ好かない男を睨むのを止めて、お婆さんに笑顔を返す。
お婆さんに褒められて、照れてしまう。微笑を浮かべるお婆さんと目が合ってしまい、顔が熱くなるのが分かった。もじもじと俯いた私に、お婆さんはクスリと唇を綻ばせた。
「貴女がお祖母さんを助けてくれたんですか。……そう。それはどうもありがとう」
表情を変えずに、ちっとも感謝の情がこもってない棒読み口調で言うものだから、私、またしてもカチンときた。
「心配なんて言うんだったら、ちゃんとお婆さんの傍にいてあげてよ。足元がふらついて、具合が悪そうだったんだからね。だいたい、貴方の取り巻きの女の人に突き飛ばされて、危うく怪我するところだったんだから!」
私が正面切って反抗するとは思っていなかったのだろう。
唖然としている男の顔に、少しだけ溜飲が下がった。
「お婆さん、私はこれで失礼します。お話しできて、楽しかったです」
本当に楽しかった。
私は、そう思う心のままに、ほわりと笑った。
そして、ぺこりと丁寧に頭を下げた後、私は会場を後にした。