明日、嫁に行きます!
私は自宅ではなく、自宅からほど近い繁華街にタクシーを止めてもらった。
自宅に電話したら、誰もいなくって。携帯もずっとコール音だったから、電話するのは諦めて、もやもやとした重たい気分を切り替えるために気分転換しようと思ったんだ。
ショーウィンドウに飾られた様々な雑貨達や、目を楽しませる色鮮やかな衣装を纏ったマネキンなどを眺めながら、私はぷらぷらと街を練り歩いた。
ふと、路上で行われているこぢんまりとした物産展に目を惹かれて足を止めた。
グリーンのパラソルの下、ちょっと変わったソフトクリーム屋さんを見つけて買ってみる。
「イカスミ味だって」
ソフトクリームに海産物入れるって。不気味な灰褐色の色目のソフトクリームに若干ビビりながらも口にしてみる。
――――あ、これ意外に美味しいかも?
なんて思いながら、大きな柱時計に目をやった。鷹城さんの家を出て、もう2時間近く経っていた。
家にはそろそろ誰かが戻ってきているだろうと思い、きびすを返した、その時。ポンと肩を叩かれた。
「寧音ぇ、久しぶりィ」
聞き覚えのあるその声に、眉間に深い皺が寄る。
「……聡《さとし》」
振り返り確認したら、予想通りの男で、想いきり顔を顰めてしまう。
「探してたんだぜ、お前のこと」
彼は、一番最初に付き合った、最悪な思い出しかない男だった。
学生の頃よりも数倍軽薄さに拍車がかかっていた。金茶の髪にメッシュを入れて、着崩すにも程があると言いたくなる装いで。いかにも頭の悪そうな出で立ちに目眩がする。
「触んないで。なんでアンタが私を探すの」
「寧音を探してる人がいてさぁ。その人がどーしても寧音と話がしたいんだって」
聡が合図を送るように手を上げた。私はギクリと彼の視線を追う。目の前の道路に赤いスポーツカーが止まった。
そこから聡に似たような風貌の男が2人降りてくる様を、私は悪夢を見るような心地で呆然と眺めた。
――――マズい。逃げなきゃ……!
そう思うと同時に、私は彼らとは反対方向へと駆け出した。
脇目も振らず、ただひたすらに走った。
捕まったら絶対マズいことになると、本能が告げていた。
後ろから聡の怒声が聞こえてきて、身体が竦み上がりそうになる。
「はあっ、は……っ」
交番を目指していたんだけど、追い詰められるようにして、私はいつの間にか路地裏へと迷い込んでしまっていた。
建物と建物の狭い隙間に身を滑らせ、肩で息を吐きながらしゃがみ込む。
そこで身を潜めながら、彼らが去ってくれるのを祈るようにして待った。
けれど、追ってきた最後の一人と目が合ってしまって。逃げようと立ち上がり、辺りに視線を流して息を呑んだ。路地の先は行き止まり、目の前にはニヤつきながら迫ってくる男。
もう……逃げ場がない……!
「いや、キャッ」
伸びてきた手に髪を掴まれて、そのまま引きずり出されてしまった。
「寧音ッ、手間かけさせんな!」
怒りに歪んだ聡の顔が、鋭い音と共にブレる。
思い切り頬を殴られたんだと理解するまで、私は放心してしまっていた。
唇の端が切れて血が流れているのが、口に広がる鉄錆の味でわかる。
そうだ。コイツ、昔もそうだった。私が逆らったりしたら、言うこと聞くまで殴って、罵って。
「車回せ、早くッ」
――――アンタなんかに、好き勝手されてたまるか!
拘束される彼らの手から逃れようと、私は全身で抗った。
「離してよ! アンタなんか顔も見たくない!」
聡の唇がふっと野卑な笑みを刷く。私の首を片手で掴んでギリギリと締め上げてきて。息が出来ず悶える私を、聡は恍惚とした表情で眺めていた。
「ぐ、ぅ……っ」
「後でじっくり可愛がってやるよ。……それまで大人しくしてな」
あっと思った時には遅かった。
お腹を思い切り殴られて、彼らの姿を視界に捉えたまま、私の意識はゆっくり暗転していった。