明日、嫁に行きます!
 視線の主は、猫足の椅子にちょこんと座る美少女だった。
 いや、少女と大人の女が綯い交ぜになった危うい色香を纏った女。
 明らかに生粋の日本人ではない容姿。
 そして、

「……紫の……瞳」

 驚きのあまり、僕は思わず心の声を漏らしてしまっていた。
 高鳴る鼓動が痛いくらいに胸を叩く。
 彼女の紫の瞳から視線が外せない。
 僕はその場に固まったまま、魅せられたように彼女の姿を凝視していた。
 少女は僕の視線に気付いたのか慌てて視線を逸らせた。
 肩をいからせ、緊張しているらしい様子が遠目でも分かる。
 あそこにいる少女は、あの時の少女ではないか。

 ――――昔、12年前に出逢った少女。

 ルネ・シルヴィーと、少女は名乗った。

「ルネ」

「総一郎さん! どこ見てらっしゃるの!?」

 キンと耳障りな声が鼓膜を突く。
 僕は鬱陶しげな眸で声の主を見据えた。

「高見沢さん。貴女、大概しつこいですね。婚約はとっくに解消済みでしょう」

 ――――僕に付きまとうな。
 
 侮蔑の眼差しを向けたまま、低い不機嫌な声で恫喝する。
 赤みを帯びていた彼女の顔色がみるみる蒼白に色を変える。ブツブツと何事かを呟きながら、逃げるようにその場を立ち去って行った。
 再びルネへと視線を戻す。
 けれど、さっき座っていたはずの猫足の椅子の近くには、彼女の姿はなく。
 慌てて周囲に目を配りその姿を探した。

「……ルネ?」

 思わず名を呼んでしまう。
 視線の先に捉えた彼女は、中年の男に親しげな様子で肩を抱かれていた。
 彼と共に会場へと入っていく彼女の姿に、一気に機嫌が急降下してゆく。

 ――――あの男は誰だ?

 見つめる双眸が鋭くなり、そこに不穏な色が混じり始めるのを、僕は止めることが出来なかった。

 長々とした挨拶の間、僕はルネと一緒に居た男を部下に指示し調べさせていた。
 ルネは後ろの席に座っている。
 うだつの上がらなそうな中年男の肩にもたれ掛かり、ゆらゆら揺れながら船を漕いでいる様子がここからよく見えた。

 ――――ああ、今、前屈みにガクッてなった。

 子供のような幼い仕草に、堪えきれない笑いが口から漏れてしまう。



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