明日、嫁に行きます!
 ホテルの入り口で寧音の姿を見つけ、声を掛けた。
 僕に向けられた顔は、まるで嫌いな虫でも見るような表情が浮かんでいて。
 イラッとしたが、それは仮面の下に隠しておく。
 祖母の件、そして、どうやら寧音を怒らせてしまったらしいと言う事実に対し、感謝と謝罪を示した。
 すると、寧音は、

「いえ。ちょっと腹立ちましたけど、こちらこそ無礼な態度でごめんなさい」

 そういって、精巧な人形じみた顔に、感情の一切見えない美しい微笑みを貼り付けた。
 さっき、祖母に見せたあの笑顔ではない。
 ……僕には見せられないと言うことか。苛立ちと共に寂しさを感じた。

「さよなら」 

 早々に僕の前から立ち去ろうとする寧音に、高まる苛立ちを押さえきれなくなる。
 僕に背を向ける彼女の腕を僕は掴んだ。

「綺麗な笑顔ですね。……作り物じみて気に入らないが」

 ――――あの微笑みが見たい。

 それなのに彼女は僕には見せてはくれない。
 心の中を掻きむしられるような激しい焦燥に苛まれる。

「なんで貴方なんかに本当の笑顔見せなきゃならないの! もったいなくって見せられないわ」

「まるで毛を逆立てた猫だな」

 自嘲気味に、僕はそう呟いた。

「こんな所で油売ってないで、さっさとお婆さんの所に戻ってあげてよ。具合悪そうだったんだから」

 心配そうな眼差しに僕に対する怒りを滲ませながらそんなことを言う。
 恐らく彼女は基本的に人を疑わない子なんだろう。
 あの策士な祖母の掌にまんまと乗っかってしまっている。
 それは僕にとっても好都合なことなんだが。
 それを利用して、僕は彼女に誘いを掛けた。
< 125 / 141 >

この作品をシェア

pagetop