明日、嫁に行きます!
「私、次の学会までに書類作らなきゃダメなんだってば!」
きーっと怒りを露わに、寧音は声を荒げた。
「そんなもの。ここでも出来ます」
「樹が心配でしょ!?」
「あの子は僕達が居ない方が良さそうでしたよ」
言いながら、総一郎はスーツのネクタイをスッと外した。
「なんで?」
「樹は同じマンションに住むヒナちゃんに、昔からぞっこんですから」
――――モノに出来る機会は絶対逃がさない。だから僕達は邪魔なんですよ。
秘密を打ち明けるように、寧音の耳元で総一郎は囁いた。
「は!? あの子、まだ12歳なんだけど!」
「・・・実年齢はね」
けれどそれ以外は――――。言葉を濁しながら、フッと唇だけで嗤う総一郎に、寧音は戦いてしまう。
「あの子もお祖母さんや僕と同じく、鷹城の血が濃いですから」
―――好きになったら一途なんです。
総一郎はそう言うのだが。
「よく言えば一途。悪く言えばストーカーよね」
総一郎の掌が寧音の頤に触れる。
私、怒ってるんだから! と、寧音は顔を逸らせた。
「・・・酷いですね」
「私の意識を奪って勝手に香港まで連れてきた男に言われてもね」
壁のように立ちはだかる男から逃れようと、寧音は身体を横にずらせた。
けれど、ネクタイを掴んだ総一郎の腕に阻まれる。
「寧音と片時も離れたくない。とてもひたむきで一途な想いじゃないですか」
その言葉に、寧音はムッと総一郎を睨んだ。
なんか上手く纏めた純愛風に聞こえるけれど。
やってることは普通じゃない。
「なんかもう意味はき違えてるよね? 本人の意思を無視して攫ってきたら、犯罪だから。身内でも犯罪。わかってる?」
「・・・目を離したくないんです。寧音が傍にいないと、僕は片時も安心出来ない。それこそ、」
―――気が狂ってしまうほどに。
じりじりと追い詰められて、後退る足がガラス窓に当たる。足元には目映いほどのネオンの明かり。
じっとりと、寧音の額に汗が滲む。