明日、嫁に行きます!
「行きなさい、寧音ちゃん」
氷の女王を思わせる冷たい双眸で、お母さんはそう告げた。
ゴクリと喉が鳴る。
友達は皆、『綺麗で優しいお母さんがいて羨ましい』そう言うんだけれど。
それは違うんだよ。
私はビクビクとした面持ちで、雅やかな笑みを刻むお母さんを凝視する。
気分はまるで、死刑判決を言い渡される囚人のようだった。
「私の愛しいお父さんのために、犠牲になって」
……ちょっと待って、いま犠牲って言ったね? 犠牲を強いるって分かってて言ってるんだね? 貴女、本当に母親!?
いや、そんなヒトだって知ってたけども。
お母さんの世界は全て、愛するお父さんのために廻っているって。
常識外れな溺愛を見せる両親を、今まで星の数ほど、砂を吐くほど目の当たりにしてきたけれども! 貴女達の子供として、そのセリフ、断じて聞き捨てならない!
「ちょっとお母さん!! 何それ私のことはどうでもいいの!?」
「あら失礼ね。私もね、ちょっと気になってこっそり会いに行ってみたの。その社長さんにね。だって大事な娘を嫁がせることになるかもしれないんだもの。もし変な男だったら、誘惑して私に惚れさせて、融資でも何でもさせてやろうかと思ったんだけどね」
うふふっと、35歳には到底見えない妖艶な笑みを浮かべて語るのだが、言ってることはメチャクチャだ。
「でもね、私の予想に反して結構いい男だったのよ。私の好みじゃなかったけど」
私が大好きなのはお父さんだけよ。と、「いい男」のセリフに反応して、嫉妬のあまりプルプル震えるお父さんの頬に、お母さんは宥めるようにチュッとキスを落とすと、
「貴女、きっと幸せになるわ。私みたいに」
はんなりと穏やかな笑みを浮かべながら、母は私にそう予言した。