明日、嫁に行きます!
ロビーに人だかりが出来ている。
なに?
その輪の中心には、ひときわ背の高い、20代後半くらいの男の人がいた。
鋭利な眼差しを隠すようにして掛けられたシルバーフレームの眼鏡に、すっと高い鼻梁、シニカルに片笑む薄い唇。
艶やかな漆黒の髪を綺麗に後ろへと撫で付けた、知的で大人な雰囲気を纏う、どこか無表情なその人。
うん、あれは間違いなくモテるな。
全体的に冷ややかな印象の男だが、かなり端整な顔立ちをしている。
よく見れば、彼を取り囲んでいるのはほぼ女性ばかり。
酷薄に見える薄めの唇に優しげな弧を描きながら、群がる女性達にそつなく対応してるんだけど。
眼鏡の奥の眸だけが、笑っていないように感じるのは気のせいだろうか。
私がその男性をじっと観察していると、バチッと目が合ってしまった。
マズッ……!
慌てて顔を逸らした。
不躾に観察していたのがバレてしまったのか。
バクバクと高鳴る心臓が、胸から飛び出てきそうなほどに緊張する。が、その時、またしても上がった女性達の歓声に、恐る恐る視線を戻してみた。すると、彼の視線は違うところを向いていて。
ホッと胸を撫で下ろすんだけど、なぜか落胆している自分に驚き、首をひねった。
そこに、やっと父が現れた。
「ごめんね、寧音ちゃん!」
走ってきたのか、父は大きく息を乱しながら私の元までやってくる。遅刻したお父さんに、私は唇を尖らせた。
「遅いよ、もう。お父さんほっといてホテルの探検しようかなって思ってたんだから」
私の言葉に、お父さんは「ハハッ」と笑う。
「時間だね、そろそろ行こうか」
父は私の手を引いて、会場の入り口へと向かったんだけど。
その場を去る私の後ろ姿を、じっと見つめる視線があったことなんて、この時の私は知る由もなかった。