明日、嫁に行きます!
小さな卵焼き用のフライパンに綺麗に混ざった卵を落とし、手際良く焼いていく。
「卵焼き、全然崩れてないですね。凄い」
新聞から目を離した鷹城さんは、私の手元を見つめながら感嘆の声を上げた。
些細な言葉に、私はとても嬉しくなる。唇が自然と綻んでゆくのが分かった。
「もうすぐ出来るからね」
「はい」と頷く鷹城さんに、私の笑みも深くなってゆく。
「なにか手伝いましょうか?」
鷹城さんの言葉に、私はきょとんとしてしまう。
でも、彼が料理を作る姿なんて想像出来なかったから、興味が沸いた。
「じゃあね、これ、お味噌汁用の大根、切っててもらってもいい?」
鷹城さんはそれくらい出来るといった自信ありげな顔で頷いた。
なんだ、この人料理も出来るんだ。さすが鷹城さん。
そんなふうに思ったんだけど。
鷹城さん、実は包丁を持ったことがなかったみたいで。
包丁を持つ手も、大根を押さえる彼の手の甲にも、クッキリと血管が浮いてしまっている。そんなに力まなくて良いのに、めちゃくちゃ力が入ってる。力が入りすぎて、彼の手がプルップル震えていた。
ザクッと大根を切る度に、心臓が胸から飛び出てきそうになる。手に汗握る光景だった。片時も目が離せない。声を発することも出来ない。……フライパンの上で卵焼きが焦げてしまいそうだった。
ザクッ、ザクッと音がする度、血の気がサ――ッと引いてゆく。
鷹城さんは真剣な顔つきで大根を切ってるんだけど、何か違うモノが切れてしまいそうで恐怖した。
ああっ、ダメッ、指が……! 指が大根と一緒に切れてしまいそうなんですが……きゃ――――っ!!
「たたた鷹城さんっ、ありがとうっ! 次は卵焼き見てて!お願い!!」
「え? 分かりました」
悲痛な声を発した私を見て、鷹城さんは不思議そうに首をひねっていたんだけど、素直に頷きフライパンの前に立つ。
私はホッと胸をなで下ろした。
こ、怖かった……。流血の大惨事になるかと思った。
あれなら幼稚園児の弟の方がよっぽど上手に包丁持つわ。
鷹城さんがフライパンを見てくれている間、私は残りの大根を手早く切り、耐熱ガラスのボールに入れて電子レンジにかけた。ダシを取った鍋を見ながら、鷹城さんをチラ見する。彼は、フライ返しでしきりに卵焼きの後ろ側を確認していた。焦げていないか気になるらしい。
……でもね、鷹城さん、焦げてる、焦げてるよ!?
私は慌てて彼からフライパンを取り上げると、堪えきれずにプッと吹き出した。
鷹城さんは散らかし魔な上、料理も出来ない男だと判明した。
もう二度と、彼に包丁やフライパンは持たせないでおこうと誓うのだった。
そうこうしてるうちに、朝食は出来上がり、私はテーブルにふたり分の朝食を並べてゆく。
ふたりで向かい合って座り、「いただきます」と手を合わせる。そんな光景が無性に気恥ずかしくなってしまって。
お箸を持ったまま、赤くなる顔ごと視線を落としたら、お味噌汁が目に飛び込んできた。ぷかぷか浮いている鷹城さんが切ってくれた大根、大きすぎたり小さすぎたり、すごく不揃いで。なんだかとても可愛らしかった。
ぷぷっと笑ってしまう。
ちらりと鷹城さんに目を向けてみる。鷹城さん、少し焦げてしまった残念な卵焼きを口にして、
「うん。昔食べた味にそっくりです。嬉しい」
言葉通り、嬉しそうに頬を緩めた。
「え? 嬉しいの?」
懐かしいじゃなくて嬉しいといった言葉に、私は疑問を感じて顔を上げた。
「はい。昔、これと同じ甘い卵焼きを作ってくれた母は、今はもういないので」
だから、また食べられるとは思っていなかったと、鷹城さんは小さく笑った。
「……そっか。なんか、ごめんなさい」
しゅんと項垂れる私に、
「なぜ? これからは寧音が作ってくれるんでしょう?」
探るような眸を向けられて、「鷹城さんが……それを望むなら」私はそう答えた。
「それでいい。とても良い答えです」
満足気に頷く彼に、私は面映ゆい心地で俯いた。