明日、嫁に行きます!


 会場に入り、私達は用意されていた椅子に腰掛ける。
 そして、司会の挨拶、会長と前会長の挨拶と延々続き、私はもう限界だった。
 父の肩にもたれ掛かって、ゆらゆらと船を漕ぐ。

「寧音、話、もう終わったよ」

 父の声にハッと顔を上げる。

 うわ、今、本気で寝てた……。

 あけ方近くまで海洋学の本を読んでいたせいだろう。席に座ってからの記憶が曖昧だった。
 時計を見ると午後七時をまわっている。午後五時始まりで、今はもうすでに七時半。
 あり得ない。
 二時間以上も話してたって。ちなみに私はその間、ぐっすり眠っていたせいか頭の中はスッキリだ。
 反して、周りにいる人達の顔には心なしか疲労の色がうかがえる。

 長い挨拶の後、広い会場のあちこちでは沢山の人達がそれぞれに塊を作り、名刺交換などをし始めていた。

「あそこのスペース、ビュッフェスタイルで食べれるようになってるから、行っておいで」

 そう言うと、父も早々に私をおいて、名刺交換に行ってしまった。

 はっきりいって私は暇だった。
 大好きな子鴨のローストや鹿肉のポワレ、コーンブレッドなどたらふく食べて、すでにお腹いっぱい。
 することがなくなって、壁にもたれ掛かり、ぼんやりと辺りを眺めているだけだった。

 先に帰っちゃっていいかな?

 なんて思っていると、

「きみ、綺麗な顔してるね。ハーフなの?」

 不躾なその言葉に、私の機嫌は一気に急降下。声の主へと、私は苛立ちに曇る半眼を向けた。

「クウォーターですが、なにか?」

 絶対零度の眼差しで睨んでやる。
 声を掛けてきた濃紺のスーツを身に纏う好青年風な彼は、敵愾心むき出しで『近寄るな』オーラを出しまくる私を見て、少し怯んだ。
 けれど、すぐに取って付けたような笑顔を浮かべて「なんでこんな端っこにいるの? クウォーターってどこの国の血が混じってるの?」などとしつこく話しかけてきて。
 私、思わず舌打ちが漏れそうになった。

「顔こっち向けてよ。うわ、すごい綺麗な瞳だね。紫の瞳なんて初めて見た。カラコン? え、違うの? 今日、モデルの子が呼ばれてるなんて聞いてないけど、きみ、もしかして関連会社の娘さんとか?」

「だったら、なんですか」

 鬱陶しいったらありゃしない。
 これで何人目か。
 目立たないように壁の端っこにいたんだけど、あまり効果はなかったみたい。
 気鬱な溜息が口からこぼれる。

「はははっ、怖いなあ。そんな顔で睨まないでよ」

 そんな顔で睨むなって、そうさせてんの、間違いなくあんたなんですけど。
 上っ面だけの薄ら笑いなんて寒気がする。

「ねえねえ、この後ヒマ? 良いお店知ってるんだよね、一緒に行かない?」

 私の耳元に顔を寄せながら、誘惑する甘さで囁かれる軽いセリフ。
 顔を背けた私の腕が掴まれる。
 そして、そのまま腕を引っ張られて、私は焦った。

「勝手に触らないで」

 掴まれた腕を思いきり振り払い、男を睨む。
 それにしてもこのセリフ、今日何回聞いたかな。
 思わず失笑してしまう。
 軟派な人達って、なんでみんな揃いも揃って、判で押したように同じセリフしか言わないのかな。
 ほんと、イラつく。

「私、もう帰りますから」

 素っ気なくそう告げたら、笑顔を浮かべる彼の双眸に怒りの焔がサッと過ぎった。
 私に声を掛けてきた男達、皆同じ反応をするんだなと溜息がもれる。
 声を掛けた女が、ちょっと自分好みな容姿で、その上お尻が軽くてお持ち帰り出来たらラッキー、くらいにしか思ってないんだろうな。
 でもね、残念でした。私のお尻はメガトン級に重いんだから。
 私は心の中で『べーっ』と舌を出す。

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