明日、嫁に行きます!
 他者には容赦ない彼が、ただの居候に過ぎない私に優しく接してくれたのも、ワガママな言動や態度を笑って許してくれたのも、全ては。

 遠い昔に出逢った少女が私なのだと、勘違いしていたからに過ぎない。

 望まれたのは私じゃなかった。……私じゃなかったんだ。
 この時、私ははっきりと自覚した。
 失うと分かって、自分の気持ちをやっと認めることが出来た。
 この想いがなんなのか。
 なぜ、彼の言葉や態度に、これほどまでに一喜一憂してしまうのか。
 囁かれる甘い言葉に、どうしようもなく心が揺り動かされてしまうのか。
 片付けすらろくに出来ない彼を、ずっと傍で見ていたいなんて思ってしまったのか。
 彼が好きな甘い卵焼きを、この先もずっと作ってあげたいと願ったのか。
 呆れるほどに私の行動を束縛する彼を、今まで付き合ってきた男達のように、嫌いになることが出来なかったのか。
 その事実を認めることに臆病になっていた私の心が、今、はっきりと。
 はっきりと、打ちのめされるほどに、自覚した。

 ――――私、鷹城さんのことが好き。

 立場が全然釣り合わないけれど、それでもずっと一緒にいたいと願ってしまうほど、大好きになっていた。
 お母さんの言葉通りだった。
 今さらな答えに、嗤いが止まらなくなる。

「……寧音?」

 高い背を屈め、私の肩に顔を乗せた鷹城さんが、キスする近さでのぞき込んでくる。
 でも、私は彼に、涙に濡れた顔を、真実を隠そうとする汚い自分を、見られたくなくて。ふいと顔を逸らせた。
 それを咎めるようにして、私を抱え込む腕の強さが増し、「うっ」と喘ぎに似た呻き声をあげてしまう。

「な、んでも、ないわ」

 狂おしいほどに胸を焼く恋情と、真実を告げることが出来なかった後ろめたさををひた隠し、私は絞り出すようにしてそう答えた。

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