明日、嫁に行きます!
ふと目が覚めた。
カーテンの隙間から見える外は、まだ仄暗い。
時計を見たら早朝の5時だった。ほとんど眠っていないことに溜息が漏れる。
隣で私を抱いて眠る鷹城さんに視線を向けた。
眼鏡を外して、前髪を無造作に額へと垂らした姿は、普段よりもずっと若く見えて笑みが漏れる。
この人が好きなんだなと、はっきりと思う。愛しいと感じる。もっと傍にいたいと願ってしまう。
彼を起こさないようにゆっくりと顔を近づけ、羽が触れるほどの軽いキスを落とした。
この人を好きになって良かった。
じわりと眸に涙が滲む。
人を好きになるって、哀しさに胸を締め付けられるほどに苦しくて、切なくて。そして、これ以上好きになってはいけないと知っているのに、歯止めの楔《理性》も役に立たなくなるほどに強いものだった。屈強だと信じていた理性さえも、いとも容易く崩壊させてしまうくらい激しい感情。それはまるで、嵐そのもののようにして、私をもみくちゃにし、翻弄し尽くした。
足元に落ちた視線を、再び鷹城さんへと戻した。
鷹城さんの天使ではないことを隠したまま彼に抱かれ、騙すようにして彼を手に入れてしまった。
このまま嘘をつき通してでも、この手に掴んだものを離したくないと心が抗う。
けれど、もう。
これ以上卑怯者にはなりたくなかった。彼を偽ったまま、ここには居れない。
弱虫な私は、本当のことを伝えた後、彼がどんな風に自分を見るのかが怖かった。彼の前から逃げ出したいほどに。
だから。
――――彼の元から去ろう。
そう思った。
私に絡まる鷹城さんの腕をなんとか外し、無数に所有印が刻まれた身体を愕然と見下ろした後、ギシギシと軋む身体をそろりと起こした。動く度に悲鳴を上げる身体に鞭打って、散らかる服をかき集め、身なりを整える。
その足でリビングへと向かい、私は彼に手紙を書いた。
貴方が求める女は私ではなかったのだと、最後の秘密を伝えるために。
私物を簡単に詰め込んだカバンを手に、「よっ」と肩に掛けた。
後ろ髪を引かれるようにして、玄関先から思わずチラリと振り返ってしまう。
最初来た時は、目も当てられないほどに散らかりまくっていた部屋が、今は人が住めるほどに整然としたものに変貌を遂げている。私がそうした。
でも、もうここにはいられない。私が居ていい場所ではなかったんだ。
「……さよなら、総一郎さん」
彼の名前を口に出来るのは、この一度で終わり。
最後に紡いだ彼の名は、情けないほどに震え、濡れていた。けれど、私はもう振り返らず、静かに扉を閉めた。