明日、嫁に行きます!
「……はぁ」
魂が口から抜け出てしまうのではないかと思うほどに深いため息が漏れる。
ため息はついた数だけ幸せが逃げてゆくと、以前聞いたことがある。けれど、鷹城さんの家を出てからだけで、もうすでに一生分の幸せを逃してしまったのではないかというくらい、口から漏れるのはため息ばかりだった。
まだ陽が昇りきらない薄暗い道を、どんよりと暗雲を背負って歩く私の姿は、家出娘か自殺志願者にでもみえそうだ。
「怒濤って言葉が、一番相応しい気がする」
鷹城さんと同居し始めたこの期間を言葉で表現するならば、それは『怒濤』だろう。
ある日、大会社の若社長・鷹城さんに借金のカタに偽装結婚? を持ちかけられ、話し合いの結果、家政婦として一緒に暮らし始めたんだけど、実は、彼には昔から想う相手がいて。
珍しい紫の瞳を持った彼の『天使』と、同じ色の瞳を持つ私が同一人物であると、鷹城さんは勘違いしてしまった。だから、多額の借金を肩代わりしてまで、私を妻に望んだんだ。
でも、鷹城さんは真実を知る。
残した書き置きを見た鷹城さんは、私が吐いた嘘を知り、本物の『天使』であるサラを求めるだろう。彼に恋してしまったニセモノの私は潔く身を引いて、そして、本来あるべき元の鞘に収まるんだ。
鷹城さんの嫁の座は妹のサラに譲って、私は普通の女子大生に戻る。
まさに、『怒濤』と呼ぶに相応しい一ヶ月ちょっとだった。
「ちぇっ。いいよ。私だって鷹城さんに負けないくらい素敵な彼氏見つけてやるんだから」
それが、私を包み込む暗雲を取っ払う、唯一の解決法な気がする。
鷹城さんは、これからサラと幸せになる。私はサラの傍で、姉として、それを見届けなくちゃいけない。祝福してあげなくちゃいけない。
今は無理でも、サラが大人になって、正式に彼の妻になるまでには。
それまでに覚悟を決めて、笑っていられるようにならなくちゃ。
だから。
鷹城さんより素敵な人を見つけないと。彼のこと忘れられるくらいの、優しくて素敵な人を。その時は、今度こそ、普通の男を捕まえてやる。ストーカー男じゃない、ごくごく普通の。
――――……ああ、でも、暫くは引きずるなぁ、この想い。初恋は引きずるって言うもんな。しかも、あんな濃いキャラ見たことないもんなあ。
思いだして、ふふっと口元が緩む。でも、漏れた笑み声が、あっという間に嗚咽へと変わる。
――――ダメだなあ、私。
一気に滲み出す視界を、自分の力ではどうにも出来なくて。今日はもう、家に帰って思い切り泣いてやろう。泣いて泣いて、そしてまた元通り、いつもの私に戻ってやるんだから。
「私、結構根性あるんだから」
伊達に今まで男に泣かされてない。なにせ、私は皆に認められるダメンズウォーカーなんだから。だから、大丈夫。
なんて、唇を尖らせ、ぶつぶつと独り言を呟きながら歩いていたら、すぐ真後ろでタイヤが擦れる高い音がした。反射的に振り返る。
耳を劈《つんざ》く激しいブレーキ音に、恐怖で身体が強ばり竦み上がった。
私の視界を奪うようにして、突然車が突っ込んできたんだ。