明日、嫁に行きます!
――――轢かれるッ!!
「きゃあっ!」
迫る車に、心臓が止まりそうになる。恐怖に強張る身体が石のように固くなる。
竦んだ足を震わせながら、訪れるだろう痛みを予想し、キツく瞼を閉ざした。
……あ、あれ、痛く、……ない?
いつまで経っても訪れない痛みに、恐る恐る瞼を開けてみる。ゴムの焼ける不快な臭いが鼻をつく。私の前に回り込んだ車が、タイヤから白い煙を燻らせながら止まっていた。道路には凄まじいまでのブレーキ痕が残されている。
あと一歩、足を前へ進めていたら、確実に轢かれていただろう。
ゾッと冷たい汗が背に流れた。
「……あっ」
行き先を塞ぐようにして止る車を改めて見て、私は目を瞠った。
グレーの高級車。それは、見慣れた車だった。
しまったと顔を顰める。
「寧音。どこへ行く気だ」
扉を開けて出てきたのは、鷹城さんだった。
彼の声は、不機嫌を露わにした地を這うほどに低いもので、向けられた眼差しは限りなく冷たく、酷薄で。
車で轢いてやろうと脅かすほどに憎まれてしまったのかと、凍えるほどの戦慄に血の気が一気に下がってしまった。心臓が怯えるような音を立て、砕けた膝が私を地面へと沈めてしまう。
「どこへ行くのかと聞いている」
剣呑な表情でそう問う鷹城さんの姿は、いつもとあまりに違ったもので、慌てて出て来たことをありありと物語っていた。風に靡く前髪が煩げに目にかかり、眼鏡も掛けていない、まさに寝起き姿そのままで。
引っ掛けただけでボタンすら留まっていないシャツは、風に煽られ、ヒラヒラと裾がひるがえる度に、彼の地肌をあらわに曝している。下は、ラフなスウェット地のズボンをただ履いただけという有様で。
私は現状を把握できず、その場にしゃがみ込んだまま、呆然と鷹城さんを見上げた。
「て、手紙……読んでないの?」
彼が放つ無言の威圧に耐えかねて、小刻みに震える声で問うた。
「見たよ。それで?」
それで……って。
何を答えれば良いのか。
真実を黙ってて、結果として嘘を吐いてしまったこと、ごめんなさいって謝るくらいじゃやっぱりダメなんだ。
だって、あんなに怒ってる。憎むような目で私を見てる。車を使って脅すくらい、私はもう、彼に憎まれ、嫌われてしまったんだろうか。
――――鷹城さん、私を抱いたこと……後悔してるんだ。
壊れた涙腺が、また緩み出す。