1641


冷たい貴一さんの態度に、胸の奥のほうがぎゅっと痛くて苦しくなる。

なんだかとても怖くてたまらない。


まだ昼間なのに、貴一さんの部屋は暗く冷え切っていてしんと静かだった。
ソファの前のテーブルにはお酒の瓶が幾つも転がっていて、アルコールの匂いがつんと鼻につく。


(お酒、呑んでたのかな)

だから様子が変なんだ。
だからいつもと違うんだ。

酔っ払ってるからと、そんな風に自分に言い聞かせる。

本当は、彼がお酒を呑んだくらいでこんな風にならないことなんて、お正月の時の姿を見て知っているのに。

でも、そう思い込んでないと、貴一さんのこと怖いって思ってしまうから……。




「カレーの支度しますね!」

元気良くそう言ってみる。
貴一さんの顔をなるべく見ないようにしていそいそとキッチンスペースに入り、作業台にエコバックを乗せてガサガサと荷物を漁る。

カレーのルーにお野菜とお肉と。
バックから取り出したりしていると、ふいに背中から貴一さんに抱き締められた。


「わっ!?貴一さんっ!!」


台に置こうとしたじゃがいもがフローリングの床にごとりと落ちた。

ぎゅうっと痛いくらいに抱き締められて心臓が飛び上がる。久しぶりに感じた貴一さんの体温は微かに熱かった。これもお酒のせいなのかな。



「きっ……、きーちさん、どうしたの?」

なるべくそう平静を装って声をかける。
貴一さんは私の肩に顔をうずめたまま、顔を上げてくれない。



「奈々ちゃんさ、なんで来たの?」

静かな声。
再び尋ねられ、私は言葉を詰まらせる。


「……っ、だって、貴一さんが来てって言うから」


そう小さく呟く。

あんなメール本気にしたのかって笑われるのかな。私ってもしかして冗談も通じない馬鹿だったのかな。



「馬鹿だね」


私の心を見透かす様に貴一さんがそう呟く。「奈々ちゃんは馬鹿だよ」ともう一度繰り返して。

馬鹿と言われて、思わずびくりと肩を竦ませる。

やばい、本気で泣きそう。




「来なくても良いんだよ」

そう言って貴一さんは私の肩で笑う。
< 104 / 257 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop