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「こっちも、もう来ないって思ってたし」
「……なんで?」
私が来ないなんて、なんでそんな風に思うの。貴一さんに呼ばれて行かないなんてそんなこと私にはきっと出来っこないのに。
「なんでって……。それは……その……」
よく喋る貴一さんにしては珍しく言葉を詰まらせる。
答えをじっと待つ私に、貴一さんが困った様に短く唸ったあとで
「察してよ」と、ぽつりと零す。
察してと。
少しだけやけになったような声で。
(察してってなに?意味わからない。
もうあたしのことなんて要らないって意味?あたし貴一さんになんかしたっけ?)
前に貴一さんに会ったのは、一昨日の夜。神崎先輩に送られて帰る途中だったっけ。
記憶を遡って考え込む私に、貴一さんは深く溜息を零した。
「……だから、その、澪ちゃんのお兄さんとお似合いだって思ったんだよ。仲良さそうだったし」
「……へっ?」
私の顔を見ない様に言われたその言葉に、私はぽかんとなった。
(あたしと、神崎先輩!?なんで!?)
そういえば、神崎先輩を見て彼氏かって聞いてきたっけ。ただ歩いてただけなのに。
「……あのー、念の為に聞きますけど、あたしが好きなのは貴一さんだって言ったの覚えてます?」
「覚えてるよ」
「じゃあ、なんで……っ、しかもよりにもよって先輩と!?
神崎先輩なんて、澪のお兄さんでルックスと頭が良くて運動神経抜群でかなり面倒見が良いとこ以外なにもないじゃん」
「十分じゃん」
ははっと貴一さんが笑う。
いやいやいや、冗談じゃない。
「ふたりが付き合ってないことも、澪ちゃんのお兄さんには彼女がいることも陸君から聞いて知ってるよ。
けど、どうにもお似合いだなって思ったんだよ」
「なにそれ……」
勝手に決めないでよ。
そんな勝手な考えで、私のこと突き放そうとするなんて。そんなの本当に酷い。
「あたしの気持ち侮ってたの?」
「そうじゃない。僕の方が釣り合ってなかったって話だよ」
「そんなの関係ないもん。あたし此処に来たじゃん。貴一さんに呼ばれたらすぐ来たじゃん!!それじゃ駄目なのっ?」
釣り合ってないないのなんて私の方だってそうだ。貴一さんから見るとまだ全然子どもで。だから、釣り合ってないからこそ振り向いてもらうためにこんなに一生懸命なのに……。
それじゃ駄目なのかと縋るように問いかけると、貴一さんは私を抱き締める腕を微かに強めた。
「うん。……そうだね、嬉しかった」
顔を上げないままに貴一さんが微かに笑う。表情はわからなかったけど、たぶんいつもの貴一さんの笑い方。
(よかった、もとの貴一さんだ……)
そうほっとなる。
肩から伝わる貴一さんの笑みに、私はなんだか無性に彼の顔が見たくなった。
「ね、貴一さんもう離してよ、顔見せてよ」
「やだ」
「なんで?」
「……恥ずかしいから」
ぎゅうっと強く優しく。
抱き締められて、嬉しくて、心がくすぐったいようなあったかい気持ちになる。